サッカー選手にパワーが重要であることを述べましたが,サッカーの指導者や選手の中には「サッカーの練習をしていれば,サッカー選手に必要な筋力やパワーが身につく.サッカー選手には筋力やパワートレーニングは必要ない」と考える人がいるかもしれません.そこで,競技練習とは別で行う補強トレーニングの意義を考えてみたいと思います(谷本・石井(2011)8)と谷本ら(2018)9)が大変わかりやすく,参考にしています.詳細はそちらもご参照ください).
サッカー選手には技術,戦術,メンタル,体力など,様々な能力・技術が必要になります.サッカーの競技練習をすれば,サッカーに必要とされる能力・技術が全体的に伸びます.つまり,技術も戦術もメンタルも体力も…,すべての要素が向上します.つまり,競技練習ではサッカーに必要な全ての要素を全体的に少しずつ伸ばすことはできます.しかし,ある特定の能力・技術を大きく伸ばすことはできません.例えば,サッカーの競技練習(ゲーム)をしていて,筋肥大して,筋力が大幅に向上するでしょうか.サッカーの競技練習は少しの筋力アップを引き起こしますが,筋が肥大するほどの刺激があるわけではないため,筋力を大幅に向上させることはできません.
一方,補強トレーニングは向上させたい能力を集中的に鍛えるため,その能力が大幅に向上します.筋力トレーニングを行えば,筋が肥大し,筋力が向上します.サッカーの競技練習では向上させることができないレベルまで筋力を向上させることができます.筋力を向上させたい時は,競技練習とは別に筋力トレーニングを行ったほうがよいのです.
パワートレーニングも同様です.パワートレーニングを行えば,サッカーの競技練習では向上させることができないレベルまでパワーを向上させることができます.例えば,サッカーのボール際の競り合いの局面では筋力やパワーが非常に重要になります.この局面で相手に競り勝ちたいのであれば,筋力やパワーを向上させておく必要があります.この時,競技練習だけをしていては不十分です.競技練習では筋力やパワーが少ししか向上しないためです.この局面で競り勝てるようにするには,筋力やパワーを集中的に向上させることができる補強トレーニング(筋力トレーニングとパワートレーニング)を行う必要があります.
筋力やパワーだけでなく,サッカー選手には様々な能力が必要となるため,競技練習とは別に多くの補強トレーニングを行う必要があります.サッカーの競技練習はボールを扱うため,楽しさもあります.一方,補強トレーニングはサッカーの競技練習と異なり,単調なものや苦痛を伴うものが多いため,あまり行いたくないという選手もいると思います.しかし,高い競技レベルを目指すのであれば,サッカーの競技練習だけでは不十分です.様々な能力を向上させたいのであれば,各能力を効率的に向上させる補強トレーニングを行わなければなりません.
この考えからすると,サッカーの練習においてしばしば行われるボールを使ったフィジカルトレーニングも再考の余地があるように思います.精神的な苦痛度を下げながらフィジカルトレーニングをするというねらいは理解できますが,フィジカルを向上させるという目的であれば,ボールなしで集中的にフィジカルトレーニングを行ったほうがよいと思います(そのトレーニングを全て否定しているわけでなく,選手の個性,疲労度,トレーニングの時期等により,様々なねらいがあると思いますので,そのねらいに合っていれば問題ありません).いずれにしても,指導者および選手は補強トレーニングの意義をしっかりと理解しておかなければなりません.
文献
8) 谷本道哉,石井直方(2011)スポーツ科学の教科書,岩波書店,pp.114-117.
9) 谷本道哉ら(2018)使える筋肉・使えない筋肉 アスリートのための筋力トレーニングバイブル,ナツメ社,pp.20-25.
※月刊トレーニングジャーナル2020年12月号に掲載されている内容です.
(文責:松田繁樹)