#19のコラムに記載したように,一人のサッカー選手(MLSの選手)は1シーズンに約1回怪我をするという報告があり,サッカー選手にとって怪我はつきものです.
怪我の多いサッカー選手ですが,怪我の割合はここ数年で増えているのでしょうか.それとも,減っているのでしょうか.サッカーのプレーレベルは年々高まっており,プレーの内容・質も大きく変わっています.以前よりもサッカー選手は速く走るようになり,高スピードのランニングも多くなっていると報告されています.高スピードのランニングや激しい身体接触の増加により,怪我は増えているかもしれません.一方,怪我に関する研究も進み,指導現場等での適切な指導や個人の意識変化もあることが予想されるため,怪我は減っているのかもしれません.果たして,変化はあるのでしょうか.
UEFA(欧州サッカー連盟)は怪我の実態を長期間追いかけるために1999年に怪我に関する研究プロジェクトを立ち上げ,2001年に怪我の調査研究(ECIS:Elite Club Injury Study)を始めました.この調査研究により,ヨーロッパの20の国のトップレベルのチームの長期間に渡る怪我のデータが蓄積されています.
そのデータに基に,トップレベルのサッカー選手の怪我の実態について,2001/2002シーズンから2018/2019シーズンまでの18年という長期間の実態が調査され,2021年に報告されています.以下の論文を紹介します.
文献
Injury rates decreased in men’s professional football: an 18-year prospective cohort study of almost 12 000 injuries sustained during 1.8 million hours of play, Br J Sports Med, 55(19):1084-1091, 2021.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33547038/
研究内容
この研究では,2001/2002シーズンから2018/2019シーズンまでの18シーズンにおいて,男子プロサッカー選手の怪我のトレンドを分析しています.
19の国,49のチームから3302人が対象となっています.各シーズンのUEFAチャンピオンズリーグに参加するチームとその前シーズンにチャンピオンズリーグに参加したチームが対象となっています.
怪我の定義は「トレーニングや試合に参加できなくなった怪我」としています.
主な結果は以下の通りです. 【怪我の実態】 ・怪我の発生は6.6件/1000時間.試合が23.8/1000時間,トレーニングが3.4/1000時間. ・筋肉の怪我と靭帯の怪我で全体の57%を占める. 【怪我の実態の変化】 ・18年間で怪我は徐々に少なくなっている. ・全体の怪我では,トレーニング時の怪我はシーズンごとに3%,試合時の怪我はシーズンごとに4%減っている. ・靭帯の怪我では,トレーニング時の怪我はシーズンごとに5%,試合時の怪我はシーズンごとに4%減っている. ・筋肉の怪我については変化がない. 【怪我の重さ】 ※怪我してから完全復帰するまでの日数. ・怪我の重さは変化がない. 【怪我の再発】 ・再発の怪我については,トレーニング時および試合時の怪我ともシーズンごとに5%減っている. ・靭帯の怪我の再発について,トレーニング時の怪我はシーズンごとに6%,試合時の怪我はシーズンごとに7%減っている ・筋肉の怪我の再発について,試合時の怪我はシーズンごとに4%減っている.トレーニング時は変わらない. 【怪我による離脱】 ※怪我によってトレーニングや試合を休む選手の割合. ・怪我によるトレーニングおよび試合の不参加は減っている.
この調査研究(ECIS:Elite Club Injury Study)の結果は,2001年に始まってから7年間でまとめたもの,11年間でまとめたものがあり,それらの結果と今回の研究の結果(18年間)の違いは以下の表の通りとなっています.7年間をまとめたものと比べると,今回の研究では試合時の怪我は約13%,トレーニング時の怪我は約17%減っています.
まとめ
・世界トップクラスのサッカー選手においては,全体的に怪我および再発の怪我は減っていることが明らかになっています.
・プレー強度が年々高まっている中で,このような結果になったことは医科学の発展やチームおよび個人の怪我への理解や備えが向上した結果なのかもしれません.
・ただ,今回対象となったチームはこの調査を行っている研究者と怪我について毎年協議をしているようなので,特別な結果なのかもしれません.他の対象者にも今回の結果が当てはまるかはわかりません.
・また,怪我の減少の中身としては靭帯の怪我がメインであり,筋肉系の怪我は減っていないようです.この明確な理由は不明ですが,筋肉系の怪我に関してはその内容や対策のエビデンスも増えている中で,このような結果であったことは筋肉系の怪我への対策の難しさを示唆しているのかもしれません.あるいは,プレー強度の高まりに伴う怪我が避けられなくなっていることを示唆しているのかもしれません.
・コラム#19で記載したように,サッカー選手の怪我のトップ5のうち,1位はハムストリング損傷,3位が内転筋痛,4位が大腿四頭筋痛ですので,筋肉系の怪我に関しては更なるエビデンスの蓄積やそれに基づいた現場での適切な対応が必要になる思われます.
文責:松田